2007年9月19日水曜日

ロックへの道

10年くらいまえに 中村とうよう氏が企画編集された『ロックへの道』というコンピュレーションアルバムが出ていた。その解説のなかで、中村氏は20世紀の前半はジャズの時代で、後半はロックの時代だった、というようなことをおっしゃっていた。

僕はこの表現になんとなく違和感を覚えた。それは、僕自身がロックに目を開かされたのもまぎれもない事実だが、ロックに失望を覚えたのもまぎれもない事実だったからだ。

ジャズとかロックンロールというのは間違いなく様式(スタイル)で、それにこだわる、というのは十分に理解できる。音楽の変遷をスタイルの変遷として捉えるアプローチも間違いなく存在する。しかしロックという言葉は1970年くらいから曖昧化されてしまっていないか? ブルースやっても電気楽器やそのエフェクターを多用すればロックにならないか、民俗音楽を電気楽器でやればロックにならないか、などなど。(あるいは60年代ポップスはロックという枠でくくれるのか、という疑問もある)ロックという言葉がどんどん拡大解釈され、音楽業界に携わっている人々に都合よく扱われているからではないかと僕は思っている。ある意味で確かに「ロックの時代」といえるけど、これでは終わりがない。

こうなればロックという言葉にこだわるよりも、ひとつひとつの音楽を丁寧に聴く、というほうが正しい関わりかたじゃないかと思うようになった。ロックの音楽家や評論家がロックに対して信仰心を告白する、というのも良く聞く。これも正直いって理解できない。いや、音楽に対して誠実に関わる、ということを証明するためには、信仰心を表明するのが一番手っ取り早いから、それはそれでいいのかもしれない。

しかし1950年代から2000年くらいまでをロックの時代とするのはあまりにも強引すぎないか?

とりとめなくなってしまいましたが、ロックへの信仰(幻想)とジャズ(あるいはソウルとかカントリーとか、なんでもいい)への信仰(幻想)、に違いはあるのでしょうか?

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